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大谷 環 エッセイ
​「エンドレス」


ギターの練習にはきりがない。完成というものがないのだ。ひとつのテーマができたら、次のテーマというように順次進行していくわけでもない。長くギターを続けている方は気づいているだろう。音をきれいにだそう、とか、レガートに弾こう、とか、身体の力を抜こう、とかテーマは基本的に変わっていないはずだ。つまり最初に扉を開けたときにすでに核心に触れていたというわけだ。練習内容はどこまでも洗練され続けていくというのが事実なのである。


一般的な教育の現場では、問いはかならず正解を持ったものとして出される。これだと評価するのが簡単だからだ。マスプロ教育にはこのスタイルは欠かせない。そして学期や、試験によって時間でフィニッシュするというのも普通の教育の特徴だ。自分自身をかえみると判るのだが、基礎教育で習ったはずの内容はほとんど忘れてしまっているのに、答えのない問題を目の前にするとすぐに途方にくれ、考え続けるという選択をしない習性だけはちゃんと身についているのだ。これは学校教育の最大の弊害である。


なにか問題があればそれについていこう。その場で解決するような問題はたいしたことないことだろうし、それは多分練習のなかでも退屈なものの部類にはいる。


テーマは変わらないが、その対応が変わっていくということを自覚しよう。初めは問題にどうしても小手先で対処しようとする。でも練習を重ねることで、それでは功を奏することができないと悟っていき、だんだんと身体全体、精神全体からの対処に変わっていくのだ。問題をみていたはずが、いつの間にか自分自身を見るということと同じになってしまうのだ。

 

この事実がわかるとき、何か変化がおこるだろう。たとえ問題が解決しないということになっても、決してがっかりしないだろう。そのときは「本当の練習のたのしみ」を見つけているのだから。


​「楽しむことこそ第一だ。面白いと思ってやっていることこそ身につくというのが原則ですね。

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