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大谷 環 エッセイ
​「トレーニングとメンテナンス」


​身体が健康で若さにあふれていて問題のないときだったら、練習だけすることができる。メンテナンスの必要は感じない。ところが年齢をかさねてきたり、あるいは何かの事故などで身体が故障したりするとそうもいかなくなるのが普通だ。ゴリ押しがきかなくなる。
身体がその方法じゃダメだというメッセージを発してくるわけだ。


そのあたりからメンテナンスとトレーニングが一緒になってギターの楽しみが増す(と僕は思う)。頭と身体の調和がとれてくるといったらよいだろうか。調子のいいときは、ギターを弾くときにいくら自分自身に「身体の力を抜こうね」と言い聞かせながらやっていても、その注意はなかなか完全にできるものではない。問題が起こってこそ、無理、無駄な運動を徹底して整理していける。理解が頭からからだに行きわたると言うかんじだろうか。
弾きづらいとか、疲労、痛み、とかいう感覚を頼りに、それを少しでも減少させていくようなトレーニングをていねいに行なうということは、そのプロセスに今までにない新しい感覚の世界の発見があり、何といっても実力をあげていくことにダイレクトにつながる。手間も暇もかかる作業なのだが、無駄な動きがオミットされてその時そのときの合理化ができていく過程は味わい深いものなのだ。


そしてもう一つの要が、トレーニングの合間や終わったあとに(もちろん始める前にもよろしい)行うストレッチを中心にしたちょっとしたメンテナンスだ。身体のねじれや緊張をとってやることによって疲れがかたまらず、筋肉がリフレッシュされて、次のトレーニングにつながるというわけ。方法は各人で探すしかない。僕は個人的には太極拳があっているらしく続いているけれど、何事も万人向けと言えるようなものはないと思うので、試していくと良いだろう。そこにもまた面白い世界が開けてくるかもしれませんよ。​

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