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大谷 環 エッセイ
​「困った質問」


機会があるごとに言っていることだけれど、ギターは、あらゆる楽器の中で、もっともきれいな音のする楽器だと(個人的にだが自信をもって)思っている。
その音を一生かけて磨いていきたいとも考えている。

あの名手セゴビアでさえ、60歳になったころ「やっと思った音が出るようになった」と言ってたからでもないが、けっこう呑気に構えているわけだ。
そんなスタンスでやってるものだから、レッスンの時もついついフォームのこととか、タッチ、筋肉、神経の話とか、説明が多くなってなかなか曲に進まないということもある。

そんな時、年上のかたから「間に合わないんですけど!」と言われる。ほほえましくて、正直な意見だ。
気持ちも痛いほどわかる。手強い問いかけだ。

確かにギターを練習して、なにか「曲」が弾けるようになるのは楽しい。そこには大きな達成感がある。しかし僕はどんなレベルであっても今やっていることの面白さを見出したい。たとえそれが後に弾く曲の準備であっても、ギターを弾いていくことはそれ自体がとても楽しいことだという認識があるからだ。

注意が深まるにつれて、感覚がシャープになり、ちょっとした身体の使い方の変化が判るようになり、結果として音質の変化が得られ、音楽が花開くことだってあるのだ。そんな音楽のだいご味を、あせってやみくもに難曲に挑戦するという、目的の先取りをすることでつぶしたくない。

音楽することは将来の幸せのためではい。音楽はいつも「今」の幸せのためにある。どんなにつまらなく見える練習にも楽しみがかくされている、と言い切っていいぐらいだ。それを見出せるのは注意深さしかない。

将来を考えながら練習しているということは「今」にいないことで、注意の散漫を示しているのだ。さてあなたは(どんなレベルであっても)「今」を堪能してますか?




 

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