大谷 環 エッセイ
「安定」
例えば子供に対して「勉強を一生懸命やっていい学校に入っていい会社に勤めて……」とリクエストすることは、要は「安定」してくれ。ということだ。この心情は注意してみていくと、いつも自分自身にも向けられていて、何ごとにつけてもなるべく安定を求めていくようである。
しかし技術やセンスの上達ということは、そのプロセスに必ず「不安定」を含む。頭で解ったことが身体レベルで実行できるまでにははなはだ時間を要するもので、その時期はずっと不安定なのである。だから難しいし、面白くもあるのだ。
上達のプロセスを大雑把に調べてみると。
1.言葉レベルで何をやるべきかが解る(このレベルは日常生活ができる人であればたいていは問題はない、ということ。反対から見れば、解ったところでほとんど何も役には立たない、ということでもある)
2.解ったことが1つの音でなら実行できる。
3.解ったことが2つ以上の音で実行できる。
4.曲中の(余裕のある特定の)場所で実行できる。
5.4.を含む1フレーズで実行できる。
6.複数のフレーズを弾ける。
7.問題点を(意識して)残しながらも1曲を通して弾ける。
ほんとうはこの後に「8. パーフェクトに弾ける」というのをつけ加えたいが、これはその「パーフェクトさ」はどんどん逃げていくものなのでオミット。
ひとつひとつがクリアされていくうちに、センスもどんどん変化していき、最初の言葉のレベルの理解さえも変化しているかもしれない。その変化に(つまり不安定に)いかについていけるかがポイントなのだ。
「不安定」という人間が基本的に避けようとする心情を「上達」というプロセスを含んでいるという認識をすることで、スタンスは大きく変わってくるんじゃないですか?
