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大器晩成

「60を超えて思う音が出せるようになった」とはギターの巨匠セゴビアの言である。
同じように「60をすぎてようやく本当の発声がわかってきた」と中川牧三に語ったのはかの大歌手デル・モナコ。触れただけで相手を飛ばす技を68歳で実現した合気道の佐川幸義は「人生70歳代が一番研究がはかどるとき。年をとってできなくなるのは単に力でやっていたということ。もし60で死んでいたらの今の合気はない」と言い切っている。

上記した人たちはそれぞれ若い時から抜群の才能を発揮して成功をおさめているのだけど、いずれもが年を重ねた時はじめて「達成」した何かがあると語っているのは興味深い。

実は僕などこういう話を聴くと、まだまだこれからやれると思えて気が楽になるのだ。
なにごとも早く達成することが世の流れで、年を重ねること自体がなんとも希望のない表現しかされない今日、加齢が肯定される事実があるということはうれしいものだ。

身体を使うパフォーマンスには色々あるが、たとえばスポーツなどでは加齢をメリットにしていくのは至難の技だろう。さいわい僕達がかかわっている藝術というフィールドでは、加齢を「使える」ところがいい。
先の達人たちはある意味で、精神と肉体の「おりあい」をつけたのではないかと想像している。

僕はまだその年齢にはしばらくあるが、ていねいに身体をあつかって、こつこつ根気よく正しい勉強を続けていけば、技術の正確さを得られ、いい音楽ができるはずだと身体を通して感じているこのごろだ。
まだまだ技も音楽も不満があるけれど、「大器晩成」という切り札が残っているじゃないか、と言うのはのんきすぎるかな。

「60を超えて思う音が出せるようになった」とはギターの巨匠セゴビアの言である。
同じように「60をすぎてようやく本当の発声がわかってきた」と中川牧三に語ったのはかの大歌手デル・モナコ。触れただけで相手を飛ばす技を68歳で実現した合気道の佐川幸義は「人生70歳代が一番研究がはかどるとき。年をとってできなくなるのは単に力でやっていたということ。もし60で死んでいたらの今の合気はない」と言い切っている。

上記した人たちはそれぞれ若い時から抜群の才能を発揮して成功をおさめているのだけど、いずれもが年を重ねた時はじめて「達成」した何かがあると語っているのは興味深い。

実は僕などこういう話を聴くと、まだまだこれからやれると思えて気が楽になるのだ。
なにごとも早く達成することが世の流れで、年を重ねること自体がなんとも希望のない表現しかされない今日、加齢が肯定される事実があるということはうれしいものだ。

身体を使うパフォーマンスには色々あるが、たとえばスポーツなどでは加齢をメリットにしていくのは至難の技だろう。さいわい僕達がかかわっている藝術というフィールドでは、加齢を「使える」ところがいい。
先の達人たちはある意味で、精神と肉体の「おりあい」をつけたのではないかと想像している。

僕はまだその年齢にはしばらくあるが、ていねいに身体をあつかって、こつこつ根気よく正しい勉強を続けていけば、技術の正確さを得られ、いい音楽ができるはずだと身体を通して感じているこのごろだ。
まだまだ技も音楽も不満があるけれど、「大器晩成」という切り札が残っているじゃないか、と言うのはのんきすぎるかな。

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