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常識のうそ

もう30年以上もギターに関わっているわけけれど、いまだに昔とかわらないへんてこな常識がまかり通っているのはおもしろい。「左手の指先はタコができるくらいにならないといけない」というものがそれ。「なるほど、そのくらい練習しなければ上手くはならないのだろうな」と簡単に納得して、タコができて喜んでいる人はいる。
​でも、タコができるのは力んで「必要以上の力が入っているからこそ」できるのが第一原因であり、「私は力んで弾いています」という証明と見たほうがずっと真実にちかい。

​往年のスペインの名手ホセ・ルイス・ゴンサレスは「左手は指板のうえにハンカチが落ちるように弦に触れるように」と言った。

​考えてみよう。左手の指先は押弦という仕事と共に、その作業に必要な力の方向、量をはかるセンサーとしての働きを担っている。そのもっとも敏感でなくてはならないところが角質化で鈍くなっていて、デリケートな演奏などできるものだろうか。

​ことは左手だけに留まらない。右脳、左脳という「アイディア」は否定しないが、そう簡単に分けられるものではないのが事実である。左手の過剰な力は右手にも確実に影響しており、筋肉は緊張し(緊張は筋肉のレスポンスが悪くするから)弾弦は遅れ勝ちになる。結果、音は暗くなり、ひいては音楽も重たくする。

​この5年ぐらいずっと右手の力を抜くことに専念していた。ちょっと先がみえてきたし、その練習の影響だろうか、うれしいことに左手のタコもずっと減った。今では1、4指はほとんどタコが見えなくなるぐらいまでてきている。
​これから先5年ぐらいでもう一段左手を洗練しようと思っている。目標は左指先を見た人に「ああ、ギターをやめたのですね」と言われるようになることである。

もう30年以上もギターに関わっているわけけれど、いまだに昔とかわらないへんてこな常識がまかり通っているのはおもしろい。「左手の指先はタコができるくらいにならないといけない」というものがそれ。「なるほど、そのくらい練習しなければ上手くはならないのだろうな」と簡単に納得して、タコができて喜んでいる人はいる。
​でも、タコができるのは力んで「必要以上の力が入っているからこそ」できるのが第一原因であり、「私は力んで弾いています」という証明と見たほうがずっと真実にちかい。

​往年のスペインの名手ホセ・ルイス・ゴンサレスは「左手は指板のうえにハンカチが落ちるように弦に触れるように」と言った。

​考えてみよう。左手の指先は押弦という仕事と共に、その作業に必要な力の方向、量をはかるセンサーとしての働きを担っている。そのもっとも敏感でなくてはならないところが角質化で鈍くなっていて、デリケートな演奏などできるものだろうか。

​ことは左手だけに留まらない。右脳、左脳という「アイディア」は否定しないが、そう簡単に分けられるものではないのが事実である。左手の過剰な力は右手にも確実に影響しており、筋肉は緊張し(緊張は筋肉のレスポンスが悪くするから)弾弦は遅れ勝ちになる。結果、音は暗くなり、ひいては音楽も重たくする。

​この5年ぐらいずっと右手の力を抜くことに専念していた。ちょっと先がみえてきたし、その練習の影響だろうか、うれしいことに左手のタコもずっと減った。今では1、4指はほとんどタコが見えなくなるぐらいまでてきている。
​これから先5年ぐらいでもう一段左手を洗練しようと思っている。目標は左指先を見た人に「ああ、ギターをやめたのですね」と言われるようになることである。

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