楽譜 その1
楽譜は音楽家の宝である。プロもアマチュアもない。僕はけっこう買うのを我慢していると思っていたのだが、さすがに年数が重なったせいで、本棚2つぶんと押し入れ半分くらい(奥のほうにあるのは随分陽の目をみていないものもある)は楽譜で占められている。 この先捨てることもないだろうから、自分の居場所を狭くしていくのはわかっているが、必要に応じてまた増えていくことにはなるだろう。
はじめのころはろくでもない楽譜を何度も買わされた。さすがに懲りて、最近はすこし智慧がついた。ダメな楽譜というのはたとえば、古典の作品なのに出版者が勝手に音を変えたり、運指はついているものの「絶対に弾けない運指」だったりするものだ。じゃあ、どうやってそれを見分けるの、と問われると、いちがいには言えないけれど、まず絶対買わないほうがいいのは誰が編曲したのか個人名がない楽譜。それははなから除外した方がいい。責任はとりませんよ、ということをその事実は含意している。いいかげん練習した後に間違いが見つかって、また練習しなおしというのではいくら時間があっても足りない。
それから下手なギタリストのものもダメ。本人が弾けない(弾くつもりもない)から、とんでもない音や運指がついていても平気ということがあるからだ。
一流の演奏家の書いた楽譜は、言ってみればいいブティックのようなもので、音を選択するセンスよいのだ。その選択を通じて音楽の美とは何かを味わうことができる。書かれた運指は実際に使えることを本人証明しているし、それを丁寧にたどることによって、身体の使い方、学ぶことができる。
この指をここで使った時に、どんな音を求めていたのか。指や腕の筋肉のコンビネーションを、ソルは、タレガは、セゴビアは「どう感じていたか」、そして「そのときの心情は」と想像しながら弾くのはなかなかたのしい作業なのである。
