top of page

身体を張る

スペイン・マドリッド王立音楽院の名教授ホルヘ・アリサのリサイタルを聴いた。僕がマドリッドで勉強していた時期にはすでにギター科主任を務められていて、弟子達から、レッスンではそれはそれは見事な演奏をしてくれる。ときいてはいた。しかし、実際に演奏会を聴いたことはなかった。

マエストロは「他人前では緊張するから演奏はしない」と言われていたし、僕達もそんなものか、と諦めていた。当日友人のギタリストでホルヘの弟子である相川達也氏(僕より長くマドリッドに居た)に聞いてみたが演奏会は開いた覚えがない、と言っていた。

過去の来日は1964年、71年で、手元には来日のさい行った録音も残っている。35年ぶりの来日公演である。
それほど我々の間ではブランクの長かったマエストロだから、「本当にステージで弾けるのだろうか」と半信半疑というのが正直なところだった。

その晩マエストロの手によって名器アグアド・イ・フェルナンデスから立ちのぼる演奏は、地味ではあるが一曲一曲じつに丁寧に弾き込まれていて、心暖まる内容だった。聴きながら、そういえばギターはこういう音だったなあ、とそんな思いがあった。SPに残っているリョベートの演奏を彷彿させた。同時にこういう先生に習っている生徒は幸せだなあ、と感じた。

アドバイスはステージまで持っていくための実際のプロセスを、自らの身体を通してやっかいな実験を何度もくり返し(そうでないと一晩は弾けない)て得たデータがもとであるから、それは得心がいくというものである。理論先行や理想だけの言葉とはわけがちがう。たとえ同じ言葉になってもその気迫や重みはぜんぜん違う。マエストロは「身体を張って」いるのだ。67歳になるマエストロの演奏を聴きながら、僕もいさぎよい言葉を吐きたいと思った。

スペイン・マドリッド王立音楽院の名教授ホルヘ・アリサのリサイタルを聴いた。僕がマドリッドで勉強していた時期にはすでにギター科主任を務められていて、弟子達から、レッスンではそれはそれは見事な演奏をしてくれる。ときいてはいた。しかし、実際に演奏会を聴いたことはなかった。

マエストロは「他人前では緊張するから演奏はしない」と言われていたし、僕達もそんなものか、と諦めていた。当日友人のギタリストでホルヘの弟子である相川達也氏(僕より長くマドリッドに居た)に聞いてみたが演奏会は開いた覚えがない、と言っていた。

過去の来日は1964年、71年で、手元には来日のさい行った録音も残っている。35年ぶりの来日公演である。
それほど我々の間ではブランクの長かったマエストロだから、「本当にステージで弾けるのだろうか」と半信半疑というのが正直なところだった。

その晩マエストロの手によって名器アグアド・イ・フェルナンデスから立ちのぼる演奏は、地味ではあるが一曲一曲じつに丁寧に弾き込まれていて、心暖まる内容だった。聴きながら、そういえばギターはこういう音だったなあ、とそんな思いがあった。SPに残っているリョベートの演奏を彷彿させた。同時にこういう先生に習っている生徒は幸せだなあ、と感じた。

アドバイスはステージまで持っていくための実際のプロセスを、自らの身体を通してやっかいな実験を何度もくり返し(そうでないと一晩は弾けない)て得たデータがもとであるから、それは得心がいくというものである。理論先行や理想だけの言葉とはわけがちがう。たとえ同じ言葉になってもその気迫や重みはぜんぜん違う。マエストロは「身体を張って」いるのだ。67歳になるマエストロの演奏を聴きながら、僕もいさぎよい言葉を吐きたいと思った。

​

bottom of page