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大谷 環 エッセイ
​「禁欲生活」


禁欲ということばにはちょっと「萎縮」しているようなニュアンスが含まれていて使いづらい。でもどんなトレーニングの基本にも「禁欲生活」は含まれているといってもあながち嘘ではない。


じっさいよく練習していてもただむやみに弾いている人はあまり巧くならない。「私は一生懸命やってます」という台詞の裏には「やりたい放題に」という言葉がかくれている場合が多い。うまくそれが当を得ている場合はよいが、そういう人に限ってまず的外れで、無駄が多く、自己満足で終わってしまうのがほとんどだ。


練習というものはやはり地味な作業なのだ。必要なニュアンスを出せる音をさがしたり、運指の無駄を考えぬいて整理し、そしてそれを自動的にできるまで習慣づけたり、こまやかな神経を使って、ほんとうに数個の音をピックアップして練ることが必要な場面にもでくわす。一曲全部を通すのは練習の最後の最後になって弾く自分のために「ご褒美」のようなもの。


いくつかの具体的な「禁欲プラン」(ちょっと冗談っぽい?)を挙げてみると、まずは長時間やらないということ。1回の練習時間はせいぜい20分ぐらいにとどめる。そして十分な休息。せめて同じくらいかできればそれ以上の時間は休みたい。その間に脳がやったことを定着させることができるし、なによりも筋肉の受けるダメージを最小限におさえられる。何時間も緊張を強いられた筋肉は回復するまでとても時間がかかるものなのだ。


それとスピードをださない。速く弾けば問題に気付く暇がないのだから改善のチャンスを自分でつぶしているようなもの。「急がば回れ」はここでも至言なのだ。のんびりと弾いていればそのうちに指に余裕がでてきて無理をしなくてもスピードは自分でも気付かない間にあがっていくもの。果報は寝て待て?!うーん、あんまり禁欲でもないかな。


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