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大谷 環 エッセイ
​「留学」


​昨日スペインから手紙が届いた。今年から留学しているA子からだ。ちょっと前に国際電話があって新しいピソ(マンション)を借りるために証明が必要ということで、FAX打ってくれというSOSのあとは梨のつぶてで(だいたいぶっきらぼうな性格でこっちも慣れてるつもりだったが、直接顔を見れないだけに)、うまくいったのかなあと心配しているところだった。手紙によれば少しはベースが出来つつあるらしく、わずかながら生活を楽しむ余裕が出てきているような文面でひと安心。食い物、レッスン、コンサート、街の様子etc.の話題のほかに「拍子の意味がわかりだした」と書いてあって、僕としてはそれだけでも彼女は行ってよかったと思った。

​日本で先生について勉強する内容と、ヨーロッパの先生について教わることは基本的には同じである。ヘボはどこにいてもヘボ。ヨーロッパに行けば何でもよいというわけでは当然ない。それでも職業にしようという子たちにヨーロッパ行きを勧めるのは、空気のちがいを直接感じてもらいたいからだ。芸術は生活という土地から咲く華なのだ。その土地で生活してみないとわからないセンス、リズムなどがあり、それに触れるのは悪いことではない。

拍子のことも、リズムのことも(よけいなことだけどこれは明らかに別のものだ)言っていたつもりだったけれど、あらためて「拍子の意味がわかりだした」と書かれると自分のティーチング・テクニックを反省させられて苦笑してしまうのだが、そういえば僕もそんなことをちゃんと教えてもらったのはギリア先生からだったなあ、と懐かしく思い出している。

環境が音楽の理解を助けてくれるというのは実際たくさんあるのだ。

A子はまだ20代前半。まだまだ変化できる年齢。また手紙を書こう。僕が書く内容はきまっている。「あそんでおいで」これだけ。​

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