大谷 環 エッセイ
「りきむ」
自分の練習でも、レッスンにおいても一番興味深くて注意が向いていることは、無駄な力をいかに排除していくかということだ。このテーマはその時々いろんなアプローチができて楽しい。
無駄な力がはいればテクニックがおぼつかなくなるのはもちろんのこと、記憶力の低下、精神的にもパニックに陥りやすかったりと良い事はない。初めてギターに触れる人の中には、見ていて身体が壊れるんじゃないかと心配になるような人もいる。そうはいっても本人は真剣だし、それがまた困るのだが、(身体は)他に方法を知らないので、理屈では脱力が大事だと判るのだけれど、簡単には力は抜けてくれないのもたしかである。力の入る人はみんな真面目で努力家である。そしていろいろな事に努力を積みかさねてきて、ある程度の成果を得ているという共通点がある。その真面目さがわざわいしているのだ。身体は「努力する」ということばを「力む」ということば一語に翻訳してしまっていて、何をするにもこのパターンがでてくるのだ。
しかし本来身体をうまく使うということと力むということとは別ものである。野生の動物が力んでいるというのは聞いたこともないし、もし力んで瞬発力の低下などが生じたりすれば、獲物は捕らえられず(逃げられず)、種の保存さえ危うくなる。人間だけが「りきむ」というのは面白いと思いませんか?
「真面目さがわざわいして」というところから切り込もう。力んでいるときの頭のなかを見てみるとわかるがそのときは「何をすべきか」を考えているのだ。いってみれば心ここにあらずという状態。これを「何をしたいのか」にかえよう。するととたんに気がゆるまる。あれ!こんなにギンギンしてなくてもいいんじゃないか、と「今」に戻ってこれる。まず肩がリラックスして、ついで全身の筋肉の状態もかわってくることうけあい。試してみてください。
