大谷 環 エッセイ
「スタートライン」
引退したらギター始めようと思うんです。と言う人がけっこういる。いよいよ悠々自適の生活に入り、自由な時間を好きなギターにさけるというわけだ。最高だと思う。恵まれているとも思う。でもちょっとした注意は必要だ。仕事をリタイアする時期というのが肉体的にも脳力的にもけっこう衰えをみせはじめているという現実があるからだ。
リタイアしてから始める人の共通にみられる特徴はやる気と結果のギャップが大きいということだ。精神は歳をとらないから、気持ちは先行するけれど(これまで時期を待っていたのだから余計にそうなのは判りすぎるほどよくわかる)、肉体は確実に歳をとってきていて思うようには動かないのだ。事情が許すかぎり早く始めた方がよいというのは本当だと思う。
歳をとってキャリアがいろいろあるということは、たくさんうまくいった事の想い出もあるということで、とくにものごとを強引にやってうまくいった経験のある人は、自分の身体も強引にねじ伏せてしまえば何とかなると思っている傾向にある。精神が肉体を100%コントロールできる(どちらが主体でもないというのが本当なのだが)という思い込みである。
キャリア組にまず必要なのが、ギターにはこの手が使えないということの自覚だ。このねじ伏せは上達を確実にいちじるしく阻害する、と同時に理想と現実のギャップを拡げて、せっかくの志を打ち砕いてしまうことにもなりかねないのだ。何度もくりかえすが上達がみえない面白くない練習は先がない。
新しいこと(ギター)を始めるのだったら、方法も、考え方さえも新しくするチャンスだというぐらいのつもりでやってみてはどうだろう。さきに言った自覚と、良い先生のアドバイスがあれば、その人らしいギターライフがかならず開けてくるはずだ。それは今までになかった充実の世界だと思う。
